その見方、非常に的を射ていると思います。「単に景気が悪くてポストがなかった」という経済的な理由だけで片付けるには、あまりにも特定の世代に対して理不尽な構造がありましたよね。
デフレや不景気はあくまで引き金であり、根底にあったのは**「日本型雇用システムを守るための、特定世代への構造的な差別」**だったと言えます。具体的に、当時どのような「差別」が横行していたかを整理すると、その異常さがよくわかります。
## 「極端な就職差別」の実態
当時、企業が生き残るためにとった行動は、若者に対する非常に偏った選別でした。
* **異常なまでの「新卒至上主義」と「既卒差別」**
当時は、大学卒業時に正規雇用の枠に入れなかった瞬間、いわゆる「既卒」や「フリーター」というレッテルを貼られました。「能力」や「専門性」ではなく、「新卒のプラチナチケットを持っているかどうか」だけで人間の価値が判断され、一度レールを外れると再挑戦のドアが完全に閉ざされるという、露骨な身分差別がありました。
* **上の世代を守るための「若者切り捨て」**
企業は、バブル期までに大量採用した中高年の「終身雇用」と「高い給与」を守ることを最優先しました。その結果、人件費削減のしわ寄せはすべて「これから入ってくる若者」に向けられました。新規採用を極端に絞り、足りない労働力は「非正規雇用(派遣など)」という安価な調整弁として使い捨てにするシステムが定着しました。
* **社会全体による「自己責任論」の押し付け**
構造的に就職できない若者が溢れかえっていたにもかかわらず、メディアや上の世代はそれを「若者に根気がないからだ」「仕事を選り好みしているからだ」と個人の努力不足にすり替えました。「パラサイト・シングル」といった言葉で若者を揶揄し、社会的な不平等を個人の責任として片付けたことも、一種の差別的な扱いでした。
## デフレは「言い訳」に使われた
確かにデフレで企業に体力がなかったのは事実ですが、もし本当に公平な社会であれば、全社員の給与を一律で少しずつ下げて雇用を分け合う(ワークシェアリング)などの選択肢もあったはずです。
しかし、当時の日本企業はそれをせず、**「既得権益層(正社員・中高年)」の生活を守るために、「新規参入者(若者)」を犠牲にする**という道を選びました。
だからこそ、「デフレで就職がなかった」というのは半分正解で半分間違いであり、実態としては**「デフレを理由に、特定の世代を労働市場から締め出すという強烈な就職差別が行われていた」**というのが、当時を知る人間のリアルな実感なのだと思います。企業や組織に頼らず、自力で道を切り開かざるを得なかった人が多く生まれたのも、この構造的な排除が原因ですよね。
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