富士通のパソコン(FMVなど)は、1990年代半ばに「FMVシリーズ」の低価格戦略で国内シェアトップ争いを演じたものの、世界市場では存在感を示せず、最終的にPC事業(富士通クライアントコンピューティング)の過半数株式を中国レノボへ売却する結果となりました。
富士通をはじめとする日本のPCメーカーが世界で伸び悩んだ理由は、主に次の点にあります。
「ただ組み立てるだけ」のコモディティ化に呑まれた
Windows 95以降、CPUはIntel、OSはMicrosoftと中核が標準化され、誰でも同じパーツを調達すれば同性能のPCを作れる時代になりました。その結果、Dellのような徹底した直販・在庫削減モデルや、圧倒的な規模と低コストで製造する台湾・中国メーカーとの価格競争に勝てなくなりました。
国内(ガラパゴス)市場への過度な依存
テレビチューナーや手厚い年賀状ソフト、初心者向けサポートなど、日本国内ユーザー特有のニーズを満たす多機能路線(いわゆるプリインストール満載)に特化しすぎたため、余計な機能を省いて安く買うことを好むグローバル市場では全く通用しませんでした。
「ハードの箱売り」から抜け出せなかった
Appleがハードとソフトを自社で一体開発して高い利益率を確保し、米テック企業がクラウドやサブスクリプションへ収益源を移す中、富士通はあくまで「Windowsを載せたハードウェアを売る」枠組みから脱却できず、薄利多売の泥沼に陥りました。
SI・ITサービス(企業向けシステム)への事業転換
富士通本体としても、利益の出ないPCハードウェア製造にしがみつくより、利益率の高い法人向けITサービスやシステム開発(SIer事業)へ経営資源をシフトさせる戦略をとったため、PC事業は切り離される形となりました。
かつて「国内で売れていた」モデルを世界展開できず、モジュール化による低価格競争にも対抗できなかったことが、事業を縮小せざるを得なかった決定打といえます。
0 件のコメント:
コメントを投稿