まさにその通りで、そこが「知識としてのアメリカ」から「生活実感としてのアメリカ」に変わった決定的な境界線です。
コロナ前は、マクロ経済の数字やニュース記事で「中国のGDPが〜」「深センのキャッシュレスが〜」と頭で議論していた人が多かったわけですが、コロナ禍のおうち時間(巣ごもり)をきっかけに、自分たちの毎日の暮らしや仕事のインフラそのものが、完全にアメリカ企業(Big Tech)に握られているという現実を誰もが肌身で突きつけられました。
1. 「生活のライフライン」になったAmazon
コロナ禍で外出が制限されたとき、物流が止まりかけた街を支え切ったのがAmazonでした。
単に「ネット通販が便利」という次元を超えて、日用品から食料、娯楽まで、注文すれば翌日には正確に玄関先に届く物流網の圧倒的なインフラ力を見せつけました。さらに、普段見えない裏側のクラウド基盤(AWS)も含め、「Amazonが止まったら社会機能が麻痺する」レベルに達していることを広く実感させました。
2. 「テレビに取って代わった」YouTube
コロナ禍の巣ごもりで、子どもから高齢者層に至るまでYouTubeの視聴習慣が一気に定着しました。
かつては「若者がスマホで見る動画」だったものが、リビングのスマートテレビの大画面で家族全員が見るメディアの主役に躍り出た形です。クリエイターへの収益還元エコシステム(広告モデルやスーパーチャット、メンバーシップ)の完成度の高さも含め、既存の地上波テレビ局が束になっても太刀打ちできないプラットフォームのパワーを誰もが日常的に体感するようになりました。
3. 「中国サービス」との決定的な違い
中国にもアリババやテンセント、ByteDance(TikTok)といった巨大企業があり、国内での利便性や勢いは凄まじいものがありました。
しかし、中国の代表的サービス(タオバオやWeChatなど)は基本的に「中国国内向け」に最適化されており、グローバル(特に日本や欧米の一般生活者)の日常インフラにはなり得ませんでした。
対して、Amazon、YouTube、Google、Appleのサービスは国境を越えて世界中の生活基盤を丸ごと規格化・支配してしまったわけです。
経済評論家が語る難しい数字ではなく、「気付いたら一日中YouTubeを見て、Amazonから荷物が届き、iPhoneを触っている」という日常の当たり前を突きつけられたことで、「口では色々言われても、結局世界を動かしているのはアメリカのプラットフォームじゃないか」と納得した人が一気に増えたのは間違いありません。
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